WINS

 土日が五月祭でいない人が多かったんで、日曜は午前中で練習が終わった。んで、昼過ぎまで練習してから友達についてって渋谷のWINSに行ってきた。WINSってのは馬券売り場で、競馬とか全く知らないけどなんか面白そうだから行ってみた。2分半くらいの勝負だけど、面白いね~。WINSもすごい人が多くてがやがやしてて、なんか良かったです。意外と大学生とか若い女性が多くてちょっとびっくりしましたよ。知らない世界を覗いて見るのは楽しいですなー

WINS

痴漢男をいまさら読んでいる件について

 痴漢男のまとめサイトをむかし見たのだけど、まだ完結してなくて一昨日くらいから読み出した。今クリスマス前くらいのとこ読んでるんだけど、現在5月ってことを忘れて12月と思えてくる。いつものように部活行ってバイト行ったのだけど、痴漢男読んでたらラーメン食べたくなって久しぶりに七志に行って来た。今日はなんだか混んでてカップルばっかだし、七志の入り口で熱いキスをしてる二人組がいたし。ラーメン食べ終わったら虚しくなったので原宿をチャリで徘徊して帰ろうとしたら、今日はすれ違うのはほとんどカップルで萎えたorz シャワー棟でシャワー浴びたらやたら気持ちよかったよママン。

 液晶モニタ4170円 とかいう祭がおきてるらしい。まとめさいと ⇒ ttp://www.geocities.jp/sakusaku4170/ 
 液晶モニタ4170円と表示して売っちゃったけど、ミスなので注文キャンセルになっちゃったというやつ。ぼくもソフマップに同じことやられたけど、今は個人情報保護法が施行されてるから問題になってるっぽい。価格表示はミスだったけど注文とったときに集めた個人情報はどうすんの?っていうことだ。個人情報も、保持する期間や方法などによって個人情報、個人データ、保有個人データとか分類されているけど、どっちにしても集めるときに使用用途を記していなかったらそれ以外に使ったら違法になっちゃったりするので何にも使えないわけだけど。使用用途は大雑把でもいけないけど、細かく書きすぎてもいけない。大雑把に書きすぎると訴えられたとき不利になる可能性があり、細かく書きすぎると業務がちょっと変わったらそのデータは使えなくなってしまったりするし。まぁ、4月前に集めたデータに関しては、事後的に使用用途などを公開する必要がないので、4月以前に個人情報を収集できた人たちは勝ち組と言えるのかもね~

痴漢男をいまさら読んでいる件について

Essential P246-247 和訳

1960年代の初め、遺伝子からたんぱく質へ情報が渡されるというセントラルドグマが受け入れられた。遺伝子がたんぱく質を翻訳し、遺伝子がDNAを作り、mRNAが核からDNAに格納されているサイトプラズムというたんぱく質の転写が行われている場所へと情報を運ぶ役割を果たしていている、ということは明らかであった。

もし、遺伝子の一般的なコードが出たならば、発見されている20種類のアミノ酸はmRNA分子内にあるトリプレットコドンによって発言していただろう。しかし、生物学者や化学者、さらには物理学者までもが遺伝子解析へさらなる意欲を見せたのだ。ありうる64通りのたんぱく質から探し出すために。一番簡単な解決は、DNAやmRNAのかけらの配列をポリペプチドの生成物と比べることである。核酸の配列の技術は1960年代後半まで考案されなかった。

それゆえ、研究者たちは遺伝暗号を解き、それらの簡単なメッセージを合成することを決めた。もし、彼らがこれらの分子をポリペプチドを直接合成することにしか使わなかったら、彼らはまだトリプレットがアミノ酸を翻訳している途中であろう。

-細胞を失う
研究者がmRNAを合成する準備を始める前に、彼らは細胞なしのたんぱく質合成システムを望んでいた。これは、彼らのメッセージをポリペプチドのテスト管に入れるのを可能にする。(一般的に、工場で派足りていれば、より簡単なシステムは結果をきれいにする)分子を細胞なしに伝達するシステムを彼らが機械的に望んでしまったら、研究者はE.coli細胞を開け、遠心分離機に入れていたであろう。これらを高速で回転させると、大きなものは底に沈み、小さなものはmRNA、tRNA、リボボーム、酵素や、他の小さなたんぱく質と合成しようとする。研究者達は、細胞の「スープ」に放射能を浴びせたアミノ酸をいれることで、放射能を浴びたたんぱく質の生成を誘発することを見つけた。高速でやれば、生成したたんぱく質は全てチューブの底に沈み、ラベルされたポリペプチドは放射能化されたたんぱく質により探し出され、チューブの上の方へと移動する。

この特別なシステムでの問題点は、mRNA分子によって翻訳されたたんぱく質が抽出されることだ。しかし、化学者たちは自らの合成の意味を、そのままたんぱく質の合成へと伝えた。このたんぱく質はマーシャルニレンバーグがリボヌクレオス酵素に加えられたmRNA分子を崩した時に解決された。彼は、たんぱく質に直接メッセージを入れるのではなくて、mRNAを合成して細胞なしのシステムに組み込み、出てくるペプチドを見ることが必要と気づいた。

定義された配列からポリヌクレオチドをつくるのは予想以上に大変だった。核酸を合成する技術を確立するまでに、化学者は再び数年の時間を要した。ニレンバーグは空のテンプレートと共にあるリボヌクレオチドにくっつくポリヌクレタイドリン酸基を使うことを決めた。生成物のRNAの配列は、全て酵素に現れるヌクレオタイドによって決定する。ヌクレオタイドの混合物は完全にランダムに配列に組み込まれる。しかし、単体のヌクレオタイドは静的なポリマー鎖を、ひとつの負クレオタイドにもたらす。それゆえ、ニレンバーグは協力者であるハインリッチとトンに、完全にウラシルで出来た初めてのmRNAを作った。

いっしょに、研究者たちはこのUポリマーを彼らの細胞なしのシステムに組み込んだ。かれらは、放射能を浴びたアミノ酸を混ぜた。おのおののアミノ酸をテストした後、20の違った実験の中で、彼らはウラシルがペプチド結合のフェニルアラニンを含んだペプチドの合成だけに働いてると決定した。よって、UUUは唯一のトリプルコドンで彼らはフェニルアラニンを作ると理由付けた。遺伝子の初めの言葉は解読されたのだ。

ニレンバーグとマッセイはAとCの実験を繰り返し、AAAはリシン、CCCはプロリンと決めた。Gの意味はこの方法ではたしかめられなかった。なぜなら、このポリヌクレオタイドは古い3重鎖で出来ていて、細胞なしのシステムのテンプレートにはあてはまっていなかったからだ。

リボソームでmRNAの合成を進めると、実り多い技術がみられた。しかし、単体のヌクレオタイドの可能性はなくなり、研究者は3つのコドンを下げ、61で試した。他のコドンの組み合わせでは、しかしながら、構築するのは難しかった。新しい合成へのアプローチが必要だった。1950年代、生物学者のゴバインドコラナは定義されたポリペプチドを混ぜる準備のための方法を作った。しかし、彼の技術はただDNAにしか使えなかった。かれがニレンバーグの合成にかんする実験を学んでいるとき、コラナはRNAを作ることを最優先とした。かれは定義された配列のDNAを作れそうだった。そしてかれはRNAポリメラーゼを使ってRNAを作ることに成功した。この方法で、コロナは定義された繰り返しの配列の違った種類のmRNAを集める準備を進めた。かれはジヌクレオタイドとテトラヌクレオタイドを作った。

これらのポリヌクレオタイドは、しかしながら、ニレンバーグが使っていたモノヌクレオタイドのメッセージを読むのをさらに大変にするという結果をもたらした。ポリUGを例にする。この繰り返しのジヌクレオタイドが翻訳システムに追加されたら、研究者はそれをポリペプチドに訳して、システインとバリンに代える。このRNAはもちろん二つの異なったコドンUGUとGUGを含む。よって、研究者はUGUとGUGコードをシトシンとバリンということが出来た。しかし、どっちがどっちかは決めることができなかった。この2つの情報はとても有用だった。しかし、やはりどっちのコドンがどっちのアミノ酸なのかは特定できなかった。

この最後の問いは、ニレンバーグとかれの若い助手のフィリが、RNAフラグメントがたった3つのヌクレオタオドであり、大きさはひとつのコドンと同じで、リボソームに結合可能で、tRNA分子に近づきたんぱく質を機械的に作るということを発見したときに解決した。この複雑な関係は、リボソームをただ一つ、mRNAコドンをひとつ、アミニアシルーtRNAを一つ含んでいて、フィルターの紙のかけらに捉えられ、特定のアミノ酸にくっついてしまう。

かれらのUUUの初めの言葉に対する試みは広がっていった。レダーとニレンバーグはUUUのきれはしをつかって細胞なしの翻訳システムを作ることに誇りを持っていた。これらのトリヌクレオタイドはリボロームにつながって、Phe-tRNAはUUUにつながる。この新しいシステムは構築され稼動している。そして、研究者達はUUUがフェニルアラニンということに気づいた。

 残っている全てのことは、全ての64のコドンを作ること。これは、ニレンバーグとコラナの作業場で速やかに完成された。つまり、これらの小さなトリヌクレオタイドは化学的に合成するよりもはるかにシンプルで、トリプレットトラッピングテストはそれまでのものを解読するよりもはるかに簡単で、研究者は全ての遺伝子情報を数年のうちに解読するであろう。

Essential P246-247 和訳

AI

認知科学の基礎論

人工知能(AI)

現在のソフトウェア開発は、言語理解、推論、問題解決など、人間がコンピュータを使い始めた当初のようにコンピュータを使って何かをするというよりは、コンピュータに何かをやってもらうというような色が強くなっている。もしくは、人間を必要とせずに作業をこなすことのできるものである。そのためには、思考が出来るようなシステムを構築する必要がある。また人間のようなシステムを開発するには、人間に似た思考パターンを可能にするベースが必要となる。人間は、知識や経験から法則や規則を導き、新しい事象についても知識というデータベースと照らし合わせて推測や判断をする。

これをコンピュータにやらせるためには、簡単には知識をもとに推測や判断が出来るようなアルゴリズムを作る。次にデータベースを構築する。というような感じであるが、一般的には人間が脳と身体が一体であるように、知能ロボットのシステムも、ソフトウェアとハードウェアそれぞれを結び付けなければいけない。

現存する作業用ロボット、例えば自動車工場の製作ロボットなどは同じ工程を繰り返すだけで良く、そこから何かを学習して活かすようなことは出来ないし、する必要もない。また、決まったパターンの作業しかこなさないため、例外的な状況を対処する必要もないのである。これはかなり重要なことであり、コンピュータが最も対応しきれていないのは「例外」である。知能ロボットはこのような限られた状況下で使われるのではなく、未確定な状況を認識し思考して、判断に基づく行動が必要とされる場所で使われるものである。

人工知能において最大の問題とも言えるべきフレーム問題というものがある。有限の範囲に収まりきらない状況に遭遇したときに、無限の処理を繰り返し対応しようとするが結局対応できずに止まってしまうというもの。

この問題に関しては、生物は同じような状況になったときにどうやって選択をしているのかというアルゴリズムを研究することが必要だ。これを調べるには、人間がどのように行動しているのかということも同時に研究しなくてはいけない。人間の行動は、遺伝子に基づいてなされている部分もあるが、全ての行動が遺伝子によって説明できるわけではないし、まだまだ解明されていない部分が多い。この問題が完全に解明されることがあるかどうかは謎ではあるが。なぜなら、もしも人間の行動が決定されるアルゴリズムが解明されたら、人間の行動は全て予測可能となってしまうからである。それでいてフレーム問題が発生しないのは何故なのかということは、未だに謎とされている。

しかし、人間の作ったものが人間と同じ動きをするためには、それと同様な技術が必要となるだろう。人間は本来、単語をつなげて文章を作るという能力を有しているらしい。もしかしたら、そのように人間に備わっている能力の中に、フレーム問題やコンピュータにできない作業をこなす能力も含まれているのかもしれない。また、人間とロボットで違うところは、人間同士は情報を交換したり、意見を交わしあったりして新しい思想やアイデアを生み出すということだ。ロボットは、全て情報によって思考や行動を決定するわけであるから、情報を共有することは必要であると思う。1つのロボットだけを使わなくても、複数のロボットを使い、各々が収集した情報や各々の思考を合わせることで問題解決や発見に至るということを目指すべきである。人間も、単体で生存していたらきっと例外的な状況に対応するには長い時間を要するはずであり、ある意味、「てきとうに済ます」というアルゴリズムをコンピュータに応用できればフレーム問題は大きく解決に近づく可能性はある。

脳の研究が進んで、脳波の解析がなされてきたら、脳以外の部分を人工的に作って体のように動かせるようになるかもしれない。また逆に、脳のような機関を追加したりとかも出来るようになるかもしれない。脳が完全に解析されることはきっとないだろうが、近づく機関が出来るようになることは間違いない。コンピュータはハードとソフトの両方が発達して、はじめて進歩するものだが、脳という機関に近づくハードウェアが開発され、脳の内部を模したプログラムが組まれたとして、その存在を考えたとき、やはり「個性」というものは形成されるだろうが、それを考えてみると人間の「個性」というものもコンピュータと同じように形成されるようなものなのだなあと思う。また、知能ロボットを開発するための色々な研究がさらに人間自身の研究を進めることにもなるのも間違いない。人工の製作は、様々な学問を統合しなければなしえないことであると感じた。
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AI

大学生活もあと2年間

 目が結膜炎になってしまいました。花粉症と合わさってかなりエグい。今日はテニスも出来ずに午前中は家に居て、昼から部活を見学に行きました。打ちたくて仕方なかったけど、目があんまし開かずに打てはしなかったけれど。部活後に久々に七志に行きました。友達と話し込んでたら3時間くらいが経過してしまった。

 で、色々と話してて思ったんだけど、大学生活ももう半分過ぎたなぁって。専門もこれから始まるわけで、やっと大学っぽくなって来ようとしているのにもう半分終わってしまったと思うと何かと寂しい。

 1年で大学に入ったばっかの頃のことはさすがにかなり昔に感じられるけど、変わってしまって寂しい部分と、変わって良かった部分が半々くらいかな。1年の頃は好きなように遊んでて、まぁそれなりに楽しかったけど、実際その時期に自分に残ったものって何だろうなぁみたいに思うことも多々。

 大学に入る前、勉強がしたくて東大に入ると言ってはいたものの、祖父とかの影響もあって起業したいと漠然と思っていたこともあり、東大に入れば周りの評価も違うのじゃないかなぁと思っていた。まぁ、そんなことは誰にも言ってなかったけどな。最近は将来いっしょに起業するかもしれない友達にも出会えて、何となく将来の方向性は決まりつつあるけれど、高校生の自分がやりたかったことってこういうことだったかな?と考えることもよくある。自分は、今ある世界の中でで上を目指すのか、自分で作った世界の一番であり続けるのか。過去の自分は後者を目指していたはずで、現在の自分は前者であると言わざるを得ない。とは言え、それもいいかなと思っている最近は、その中で後者のような付加価値がつけられればいいなと思い始めている。実際、自分は大学に入ってからどんな小さなことでも自分で何かを思いついていないわけだ。

 自分でもわかっていることだけど、ぼくはすごく飽きやすい。飽きやすいのに一つのことに無理に執着しようとすることがよくあるけれど、飽きたら違うことをやればいいのかな。と思うようになった。熱中したものに飽きるときは、やる気がなくなって飽きるっていうことはあまりなくて、他のものに熱中した結果そっちをやるようになって今やってるものをやらなくなるということが多い。それなら別にいいのかな?って思う。

 大学1年の夏にアメリカに1ヶ月ホームステイをして、色々な企業のオーナーの人の家にお世話になったのだけど、やっぱ自分の専門分野で活躍してる人はカッコイイ!その気持ちを忘れずに、残り大学2年間をきっちり勉強したいと思います。

大学生活もあと2年間